蒲田駅のホームにて

今日のテレビの「ほんまでっかTY」で、評論家先生たちの「人生の転機なった場所」という話をしていました。
自分の転機になった場所はどこだろうと考えてみたときに、いろいろな転機があったけれども、内面的に全く変わった転機の場所は「京浜東北線の蒲田駅のホーム」でした。
また徹底的に自分の話になってしまいますな。なにしろ自分が大好きなもので。わはは。

大学を卒業して、北海道や能登や仙台、失業して放浪をしたりして、結局とりあえず実家に戻って仕事を探そうとしたときに、仙台の測量会社で多少の測量の覚えがあったので、東京の蒲田の土地家屋調査士の募集広告で応募しました。
面接に行き、なんとその調査士先生は、私をものすごい剣幕で怒りつけました。

まず、この業界に入ってくるのなら独立してやってゆく気持ちがなければ何もならない。ただの雇われなんかいらない。
なぜお前は今まで、資格を取るとか、せめて勉強をするとか、そういった大人として男として独り立ちするための努力をしてこなかったのか。
いつまで他人に組織に依存して生きてゆくつもりなのか。

という話だったと思います。
確かにそれまでのいくつかの会社は、それを求めていなかった。とにかく現場を覚えればいいという態度でした。まあ、わりと会社ってそうだよね。
資格を取ろうと思ったこともありましたが、「まあいいか」と言う感じ。
結局そこに甘えていたのは自分なわけで、それを全力で言ってくれたのは初めてでした。
いきなり怒られて帰ってきたのに、反発心など微塵もわかず、先生が初めて会うなめた若造の人生を思って言ってくれたのがよくわかりました。

先生は一匹狼の土地家屋調査士。

自分の中のもやもやが晴れた瞬間。
あまりの大きなショックと感謝の気持ちで、蒲田駅のホームで人目もはばからず号泣しました。

そうか、自分の道は自分で切り開くのか、といった当たり前のことがやっとわかった。ということは、自分の思った通りに徹底的にやればいい、ということもわかった。

その次に入った会社ではとりつかれたように仕事に没頭しました。
「これさえできればどこでも生きてゆける」
周りが首をかしげるほど徹底的。上司にも嫌な顔をされて、徹底的ないじめを受けましたね。

で、仕事をしながら測量士補と測量士の資格を国家試験で一発でとりました。
そうしたらもう周りの態度が変わる変わる。驚きました。 それまで私を馬鹿にしていた他の会社の社長も急に手のひら返しちゃって。

自分の人生は自分で作ってゆくものなんだ。

先生ありがとうございます。あの時のことを思うと今でも涙があふれます。

そういう思いを抱きながら、測量はぱっと辞めてコーヒー屋さんになっちゃったのさ。ははは。

私の中ではすべてつながっている。

自分の力で天職を見つけることができました。感謝の気持ちを忘れずに行きたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。